日本人は細かい仕事が得意?計算を押し付けられて非常に困った

海外では「日本人は数字が得意」という誤解があります。海外で働く人なら一度は言われたことがあるかも知れません。

「日本人だから計算が得意でしょ?」

ストレートにこう言われたことが何度かあります。そもそも私は計算も細かい仕事も苦手です。しかし言われることは覚悟していましたから「苦手です」とキッパリお断りしました。日本人の通過儀礼です。諦めるしかありません。

イメージが先行しており、日本人は机に向かってコツコツと仕事をこなす。これが海外から見た日本人の働いている姿です。でも日本人がイメージする日本人の働く姿も同じですね。だから間違ってはいませんが計算が得意かと問われると違うとしか言いようがありません。

どうしてこういったイメージが持たれるようになったのかについてですが、原因は3つあります。根本的な原因は日本の伝統文化や技術力です。日本の伝統的な工芸品を見たらわかりますよね。細かな細工と美しい見た目。私たち日本人から見ても匠の技は目を見張るものがあります。

それからロボットや家電製品などの技術力もそうです。多機能で頑丈。それでいて長持ちする。こういった日本の技術を支えているのは細かい作業と多くの検証です。そこから派生して「日本=細かい仕事が得意」へと変わり、「細かい仕事=数字」へと変わったのではないかと思います。あくまでも私見ですから深くは考えないでください。

つまりは「日本人は細かい仕事を得意としているから、同じ日本人であるあなたも得意でしょ?」ということです。得意な人は多いとは思いますが好きかどうかは別ですし、なにも日本人に限らず得意な人はいます。現に海外でも会計を得意とする人はいますしコンサルティング会社もあります。それに会計学や経済学なんかは海外が本場です。そうした事実があるのに未だに「日本人だから」という偏見はなくなりません。

根本的な理由は以上の通りですが、なぜ偏見がなくならないかについては仕事に対する意識の違いが影響しているのでしょう。

「日本人ってやっぱり真面目だよね」
「イタリア人と比べたらそうかもね」

お酒を飲みながらこんな会話をしたことがあります。イタリア人だけでなくヨーロッパ人の仕事に対する意識は
「遊びの合間に仕事をし、人生を楽しむために仕事をしている」となります。もちろん全員ではありませんが大抵はこんな感じです。

日本とは真逆ですね。多少は変わってきましたがそれでも日本では「仕事をするために生きている」と言っても過言ではありません。この意識の差が埋められるまで日本人は数字が得意と言われ続けることでしょう。

しかし日本の経済と技術を支えてきたのは日本人らしく生きてきた日本人です。だから日本だけでなく、それぞれにその国らしさがあって良いと思うのです。日本が海外の基準に合わせる必要なんてありません。下手に歩調を合わせようとするから「ゆとり世代」なんてものが生まれてしまうのです。

「ねえ?ここってどう行くの?」

これは日本で道を聞かれたときの話しです。相手は日本人の大学生たちでした。しかも第一声が「ねえ?」ですよ?いきなりですよ?見ず知らずの人を「ねえ?」と呼び止める。「なんてこった!」と思いましたが懇切丁寧に教えました。最後まで相手の言葉使いは変わらず、「サンキュー」というありがたいお言葉を残して去って行きました。

私の知っているゆとり世代の子は良い子ばかりなので「これが本物のゆとり世代か」と変に納得してしまいました。彼らには是非とも海外に出て欲しいところですね。

「数字が得意でしょ?」
「いやあ、ダメダメっすよ」

こんな会話が繰り広げられる日も近いかもしれません。